日本人のマナーについて語りたいと思います。

質問と回答
  • 日本人のマナーについて語りたいと思います。 (少し長いのでお時間のある方はどうぞ…) 今朝、家の花壇にたばこの吸い殻や空き缶が捨てられるのを発見しました。 生きた花が生えている花壇にわざわざゴミを捨てる人の心理は理解出来ませんが、とても悲しい気持ちになりました。自分のゴミではない、ひとつの空き缶と数本の吸い殻を捨てるのは容易なことですが、このままで良いのかなと立ち止まって考えてみたくなり、個人の意見として投稿致しました。 心に留まった方はひとこと、おねがいします。 普段の生活の中で道を歩いていても、ガムや唾を道路に吐き捨てる人、たばこの吸い殻を捨てる人を日本では非常に良くみかけます。 駅では、ラッシュ時に混雑しているのは分かりますが、肩がぶつかっても知らん顔をしていく大人もたくさんいます。公共交通機関では、まだまだ子供やお年寄りや妊婦さん等に優先席ですら当然の如く譲らない人もいますし、普通の大人でもぶつかられて気持ちの良い方はいない筈です。不可抗力でぶつかってしまうのはしょうがないとしても、「ごめんなさい」の意思表示はどんなに混んでいても急いでいてもいろんなカタチで表現できると思うのです。 車を運転していても、窓を開けてわざわざ吸い殻や灰を車外に捨てる人も良くみかけます。 自分の車は汚れるのは嫌で、車外ならOKなのでしょうか。 酷いのは、夜間、走行中に前の車がポイ捨てをして自分のフロントガラスに当たって火花が散ったこともありました。 登山しても、名山といわれる山にでもごろごろゴミが散らかっています。 人里離れた山の中では、不法投棄禁止の看板も多く目にします。 山並みの奇麗な風光明媚な行楽地でも、下を見れば家具や電化製品が捨てられています。 今のシーズンでは海や川でBBQをしたであろうゴミもたくさん散らかっています。 摩耗した発泡スチロールやその他の海の漂流ゴミをみるととても悲しい気持ちになります。 確かに外国の都市とは比較すれば日本の街にはゴミも少なくキレイではありますが、あくまでもそれは受け皿がしっかりしているからでしょう。ボランティアで街のゴミを拾う方々には頭が上がりませんが、身勝手な誰かの受け身ばかりでは、いずれ日本も外国並みにゴミが散在することになるでしょう。シンガポールのような厳罰化しか方法がない世の中は悲しいですが、もはや避けられない選択肢のひとつなのかなと考えたりします。 最近、日本人や日本の文化を一方的に称える外国記者の記事を良く目にします。 同じ日本人としてとても嬉しい反面、こうした日常的なマナーすら出来ない老若男女がまだまだ多くいるのも事実で、本質が見切れていない記事だなとどこかにひっかかるものがあります。 もちろん、マナーを心得ていらっしゃる方々、ゴミ処理されていらっしゃる方々、清掃されていらっしゃる方々、ボランティアの方々等のおかげで今のキレイな日本が保たれているのだとおもいます。せめて、自分の出したごみだけでも自分の責任で処分すれば、今の日本では十分に処理され奇麗な街を維持出来ると思います。 みんなが生きる場所のことを少しでも立ち止まって考えるきっかけになれば、本当の意味で世界に誇れる日本人としての価値が少しでも向上するきっかけになればと思い、こちらに投稿致します。 いろんなご意見をお聞かせください。
  • 日本人のマナーが良い、民度が高い、と言う記述には違和感を覚えます。 日本は親切な人が相対的に多く、よい国であるとは思っています。 しかしそれは社会的な規範や教育と言うより、個人の生活環境と資質に支えられており、社会で尊敬されたり、生活の安定を支えるものではありません。 「年功序列」であることは、自己主張の少ないバランス形思考の人物もそれなりのポジションに存在させており、安定企業における基準の良くわからない成果主義は、実力よりも自己を臆面なく正当化、実績の成果転化ができる人に力を与えるシステムであるため、人格者であることがリーダーの資質として軽視されているように見受けます。 特に中高年におけるモラルの低下は、高齢者として弱者でありながら過度の自己主張により社会バランスを崩す問題をすぐそこに抱えていると考えます。 早期に「お互い様」を基本とした、マナー向上を公に周知推進する必要があると考え、東京オリンピックをその契機として活用していただきたいと考えております。